大判例

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札幌高等裁判所 平成4年(う)17号 判決

1 (前略)検討すると,以下の経緯が認められる。

すなわち,

(1) 札幌市の薄野地区にあるクラブ「ピーターパン」で働くVは,平成3年4月26日(以下,同日中の出来事については時刻のみを記載する。)午前4時30分ころ,女装のまま歩いて自宅のあるマンション・同市中央区南7条西7丁目所在ハートピア77に帰り,その1階共同出入口前において,肩掛けバッグから財布を取り出し,オートロックされたドアの開錠に必要なカードを探していると,突然外国人男性に後ろから抱き着かれ,もみ合ったりするうちに(この間,この男性は2回くらい「ギブ ミー マネー」と言った。),手にしていた財布を取られ,そして,逃げ去る犯人(右の男性)を追い掛け,途中から通行人も追い掛けるなどしたが,結局,犯人を見失った。なお,右財布には,現金約1万7494円(内訳は,5千円札1枚,千円札12枚くらい,その他各種硬貨),キャッシュカード2枚,ちびまる子の絵入りテレホンカード1枚,国民健康保険証1通などが在中していた。

(2) (中略)

(3) 午前5時35分ころ,同区南5条西4丁目付近を警らしていた薄野交番勤務のK1巡査とK2巡査は,道路向いの歩道上を小走りに北進中の被告人を認めたが,その服装がメモしていたV申告にかかる犯人のそれと酷似した外国人であったので,携帯無線機で薄野交番と連絡をとり犯人の特徴等につき再確認しながら,職務質問するためその後を追い掛け,同区南3条西3丁目三信ビル付近で被告人を呼び止めた。そして,英検3級の資格を持つK1巡査が,英語で,自分たちが警察官であることなどを被告人に告げた上,英語で「日本語を話せるか」と確認すると,被告人(当時,日本人を相手に英語を教えるなどしていた。)が「少し分かります」と答えるので,K2巡査が日本語で「近くで女性が泥棒に遭って金を取られた」などと,また,K1巡査が「ユア ウェアルックス ライク ドロボウ」などと説明して,薄野交番への同行を求めると,被告人は,笑顔でこれを承諾し,「オーケー,オーケー」と答えてこれを承諾し,同行に応じて午前5時40分ころ同交番に到着したので,K1巡査らは被告人を3階の派出所長室兼応接室(以下「所長室」という。)に案内した。

(4) K1巡査は,薄野交番3階の所長室において,日本語で身振りなどを交えながら,所持品を見せるよう求めると,被告人は「オーケー,オーケー」と言いながら,ポケットから財布,運転免許証などを出して応接セットのテーブルの上に置いた。K1巡査は,更に,英語で被告人の了解を得た上,外側から被告人の着衣を触っていくと,シャツの胸ポケットにガサガサする物があり,それを出すよう求めると,被告人は,これにすぐ応じ,そこから四つ折りの千円札10枚(中略)を取り出してテーブルの上に置いた。なお,K1巡査は,更に前記財布の中を改め,その中に5千円札1枚,テレホンカード,硬貨,メモ紙様のものが入っているのを確認した。

(5) (中略)K3巡査長が所長室へ行き,被告人が脱いで傍らに置いていたジャケットを確認すると,パウダーなど化粧品の付着した染みを認めたので,被告人に向かって染みのある箇所を示しながら「これはなんだ」などと日本語で声高に問いただすと,それまでK1巡査の指示に素直に従っていた被告人が,急に立ち上がり,興奮して大声でわめき始めたが,その中に「ギブ ミー ア ロイヤー」と何回か繰り返していることが聞き取れた。

(6) そこで,K1巡査は,被告人を強く制止して椅子に掛けさせたが,自分の英語力ではそれ以上の事情聴取は無理と感じ,K4係長の指示を仰いで被告人を中央署へ同行することにし,被告人に英語で了解を求めたところ,「オーケー」と述べ同意したので,警察車両に被告人を乗せて中央署に向かい午前6時30分ころ,同署に到着した。なお,被告人のジャケットは家庭ごみ用のビニール袋に入れ,テーブル上に置かれていた被告人の所持品は一括して警察用の紙袋に入れて,ほぼ同じころ,K3巡査長が別の車両で中央署へ運び,直ちに,被告人のいる同署刑事課の二号取調室に持ち込んで被告人との前の机に置いた。

(7) (中略)

(8) その後,K4係長の指示により,同署刑事第一課盗犯第一係のK5巡査部長が,被告人から所持品の任意提出を受けるため,午前9時15分ころ,通訳のK6巡査を伴って前記取調室に入った。K6巡査は,被告人に対し,本件窃盗事件の被害の模様などを説明し,その事件との関連で,被告人のジャケット,日本紙幣及びテレホンカードを調べさせて欲しいこと,預かった後,必要がなくなったら被告人にそれらを返すことを英語で説明した。これに対し,被告人はそうすることはかまわないと言い,次いで,K6巡査が日本語で印刷された任意提出書用紙に所要事項を記載するよう求めると,日本語が分からない,英語で書いてくれと言うので,K6巡査が,書き方の要領を示すため,任意提出書用紙の提出物件欄(品名,数量及び提出者処分意見の各欄)に被告人の紙幣(5千円札1枚と千円札10枚)について英語で書き込んだ上,口頭でも説明すると,「分かります」と言い,ジャケットとテレホンカードについて別の任意提出書用紙2枚の各提出物件欄,及び以上の合計3枚の各作成者欄(年月日,住居,氏名及び年齢の各欄)に自ら英語で書き込んだ。そして,書き終わると,被告人は,K5巡査部長に対し,今書いたばかりのその任意提出書を自分にくれないかと言うので,K5巡査部長は直ぐにそれら3枚の青焼きコピーを作成して被告人に手渡したが,所持品自体の返還を被告人が求めたことはなかった。この手続には30分くらいかかったが,この間,被告人はおとなしい態度で応対していた。

(9) (中略)そこで(中略)本件の任意提出手続に違法があるかどうかについて考察すると,K5巡査部長及びK6巡査は,右手続に十分な時間をかけ,被告人の意思確認に慎重を期している状況がうかがわれること,K6巡査がした英語の説明は,個々の文章ごとに取り上げると英語としての正確性に疑いがあるけれども,それだからといって,被告人がK6巡査が伝えようとした内容と異なる趣旨に理解した形跡などは全くないこと,そのことは,任意提出書の提出者処分意見欄にK6巡査が記載した文章を見て,被告人も自らの表現で(修正して)同趣旨の内容の記載をしていることによっても裏付けられていること,K6巡査は,曲がりなりにも,警察が所持品を預かる必要があることについて被告人に説明し,被告人はそれを了解した趣旨のことを述べていること,任意提出書作成後,被告人はその書面の保有には関心を示したが,コピーをもらって満足し,所持品自体の返還を求めていないこと,右手続は全体として円満に運ばれ,格別のトラブルは生じていないことが認められ,これらによれば,被告人は,その趣旨を理解した上,任意の意思に基づいて,前記の紙幣,ジャケット等を捜査目的で一時的に警察の保管に委ねることを承諾し,これらをK5巡査部長に提出したものと認めることができる。したがって,本件各証拠物の任意提出手続に所論主張のような違法はないというべきである。この意味で,原判決が,「被告人が,任意提出に関する手続の意味を理解し,その所持品を警察官に任意提出したとは認めることができない」旨判断したのは,是認することができない。補足すると,(中略)被告人は,薄野交番に同行を求められて以来,警察官らが,自己に対し本件窃盗事件の容疑が向けられていることを知り,その置かれていた立場を認識していたというべきところ,警察官から事件に関連する供述を求められると,激しく拒み,弁護人の選任ないし立会いを求める言動をとっているが,それ以外の点,特に,本件各証拠物を含め所持品を提出すること自体については,薄野交番で警察官に求められるまま任意に所持品検査に応じたのをはじめ(なお,この所持品中には,盗まれた被害者のキャッシュカード,国民健康保険証,診察券など外見上直ちに本件窃盗と結び付くと見られる物は含まれていなかった。),終始これに応じる態度に出ておって,中央署においても,警察官らが,捜査目的で,本件各証拠物及びテレホンカード1枚について提出を求めていること及びその趣旨を理解した上,前記のとおり任意これに応じたものということができ,したがって,右提出手続に違法があったことを前提とする所論もその前提を欠くものである。

2 (前略)原判決は,K1巡査が,薄野交番の所長室で,被告人が求めに応じて机の上に出した財布の中身を確認した行為,及び,K3巡査長が,本件各証拠物などを袋に入れ中央署まで運んだ行為について,いずれも被告人の承諾がないから違法である旨をも説示している[原判決書八丁表ないし九丁表]が,警察官が,これら行為につき被告人から明示の承諾を得る手順を踏まなかったのは相当でないとしても,被告人自身が着衣から取り出して目の前に置いた財布であり,あるいはまた,中央署への移動やその後同署においても本件各証拠物等の提出について承諾していたなど,より基本的な行為についての被告人の意思が明らかであった前認定の状況にかんがみると,K1ら警察官が一つ一つ確認の労を取っていたなら,被告人がそれらをあえて拒否したとは思われず,したがって,明示の承諾がない点をとらえて直ちに右行為を違法視するのは相当でない。

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